アールト大学 IDBM留学日記

デザイン × ビジネス × テクノロジー

修論 『Sustainability vs Culture : 日本の包装文化とサステナビリティを並置する』Part 2

前回は修論の背景やイントロダクションについてまとめました。

 

Part 1はこちら:

aaltoidbm.hatenablog.com

 

今回は Literature Review についてです。*このブログ記事では文中で直接引用はせず、当記事内で言及の参考文献は最後にまとめて記載しています。 

 

Literature Review

Literature Reviewとは、その名の通り、文献レビューです。現時点で既に出ている書籍や論文を調べまくり、研究を進めるために必要な背景情報を得ることを目的としています。パッケージデザインやサステナビリティに関する研究や書籍は十分すぎる程の量があります。そのすべてを端から端まで読むことは現実的ではありませんが、確実に知っておかなければならない事や、ここ1、2年の新しいテーマ等は抑えてなければいけません。 この修論の場合は2つの大きなブロック(日本のパッケージとサステナビリティ)に分けてLiterature Reviewを行いました。

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Building blocks of the literature review

長すぎるので当ブログ記事では大部分を省略し、(個人的に)面白いと思っている文化人類学的視点からみた日本のパッケージの原点をまとめることにします。

 


文化人類学視点から日本のパッケージを解読する

日本のパッケージデザインや包装の文化を調査するとき、共通のテーマが繰り返し浮かび上がってくることに気づきました。それは以下の3つになります:

  1. 贈答文化
  2. 神性としての包装
  3. 衛生の重要性

これら3つのテーマは相互排他的ではなく、すべてが密接に関連しており、互いに影響を及ぼしあっています。「贈答文化」は「神性としての包装」の概念から影響を受け、「衛生の重要性」は神聖さを保持する包装の必要性からも浮上します。 これらの3つがどの順番に出現したかを特定することは困難です。長い時間をかけて、互いに交わり合いながら文化のルーツとして発展したと考える方が現実的かもしれません。

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Three forces intertangle in the composition of Japanese packaging

 

1. 贈答文化

贈り物を授受することは、日本社会の一員であることの大きな部分です。休暇で旅行に行った場合、職場や友人、家族にお土産を持って帰ることは非常に一般的ですね。主に(生の果物とかよりも長持ちする)スナック菓子が多い気がします。旅行の土産話は、これらのスナックを食べながら繰り広げられるでしょう。個人主義とmetropolitanismの進展により、贈答の普及は減少していると言われていますが、都市化された環境(東京など)でもお土産の文化は日本では依然として非常に多いですね。

「包み」の著者である額田氏によると、本質的にこれらの贈り物は、社会関係を維持するための手順です。毎年、お中元とお歳暮の時期には贈り物は日本列島を飛び交います。スタンフォード文化人類学者の別府氏は、「葬儀の贈り物」、「送別の贈り物」、「親善の紹介の贈り物」、「旅行から持ち帰られた贈り物」など、35種類以上の「贈り物」の単語を特定しています。これらの用語は、現在の日本の生活においても使用されています。西洋の強い個人主義的価値観とは対照的に、小さなコミュニティでの対面関係を重視される日本では、儀式的手段を通じてこれらの関係を維持することは、意図的というよりも自動的です。


恩と義理

それでは、なぜ日本で贈答品を贈ることがこんなにも重要な儀式なのでしょうか。人間関係を象るシステムをより深く見ると、この国の文化について興味深い事実がわかるかもしれません。

「恩」と「義理」の価値主導型の人間関係の概念が、日本で贈答がなぜそれほど重要であるかを理解するのに役立ちます。 別府氏は、贈り物をする文化において最も強力な原動力として「義理」を特に強調し、「与えること」と「返すこと」の行為が社会で非常に重要であると説明しています。別府氏によると、贈答の行為は「お返し」によってバランスが取られています。このような相互関係は、通常、「お香典」や「祝い金」によく見られます。 「お香典」の場合、遺族が寄付金をきちんと記録し、寄付者に一定の見返りを返すのが一般的です(お香典返し)。人がどれだけ適切かつタイムリーにこれらのお返しを行うかは、日本の社会での立ち位置を決める重要な指標になります。

日本に詳しい文化人類学者のルース・ベネディクト氏は、「恩」は受動的に発生する義務であると分析しています。「恩」を受け取ることも「恩」を着ることもできます。「恩」を受け取ると、それを与えた人にお返しをする義務が発生します。これが「義理」です。ベネディクト氏は、受けた恩と「数学的に同等の価値」で返さなければいけない、と説明していますが、2020年現在ではこの「数学的等価性」は当てはまらないかもしれません。

なぜ日本人は贈り物を贈ったり返したりすることに熱心であるかという質問に対して最も簡単な答えは、日本人が社会的会員の保護を重視する「恩」と「義理」の原則によって導かれる組織システムが存在するということです。この哲学は日本独自のものであり、外国の方にはしばしば疑問となるようです。世界中のすべての道徳的コンセプトの中で、日本の「義理」は「最も奇妙である」と、ベネディクト氏は指摘しています。社会的関係維持の手段としての贈答 ー 現代の日本人はこの習慣の深い歴史を必ずしも意識しているわけではないかもしれませんが、これらの儀式や信念は世代から世代へと受け継がれ、「お土産を持ち帰る」などの日常の行動にまで及んでいるのでしょう。

 

2. 神性としての包装

日本の伝統パッケージの著名な研究者である岡秀行氏は、今日のパッケージが、資本主義社会において顧客を騙すためのツールである販売手法になってきていることを恐れています。彼の懸念とは別に、彼は伝統的な日本のパッケージの美しさが形になったことを、神聖な伝統 - 清めるという行為 - にそのルーツがあると分析しています。額田氏もまた、これに似たことを言及しており、「包む」という行為は、単に物を包むこと以上のものであると説明しています。

贈答における超自然的な信念

先の話の「恩」と「義理」に加え、贈答のもう一つの起源に、神道における超自然的な力に対する伝統的な信仰があります。農耕民族時代、収穫物は最初に神々にお供えされ、それから人間によって食されました。この習慣は今でも生きていますね。一般の家庭でも祭壇があれば、お米や食品類など、先にご先祖様にお供えされてから食べる家庭も多いと思います。贈り物が神に捧げられ、これらの贈り物は神から返されて、人間は神の力を賜ることができました。このような共飲共食の儀式直会(なおらい)と言います。食の共生(贈り物)を通じて神の力を授かるという概念は、日本における贈答の重要性の最も深い根の一つになったわけです。

熨斗(のし)と水引

贈り物に魂を注ぐという信念は、熨斗と水引の形でパッケージで実現され、今日でも非常に多く使用されています。誰かに贈り物をするとき、特に上記の別府氏が指摘する35個のケースのような"フォーマルな"ケースでは、熨斗を付けて水引で結びを付けるのが伝統です。デザイン研究家の松田行正氏によると、熨斗は、伝統的に干しアワビを使用して贈り物の上に付ける装飾です。水引は、装飾的な紐(シチュエーションによっては型と様式を細かく分割できる)を物理的に「結ぶ」ことによって、パッケージされた物に対して魂を注入する儀式的な行為です。現代では、熨斗と水引の両方が印刷された「熨斗紙」を一枚、張ることで十分フォーマルですね。

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3. 衛生の重要性

日本人が清潔さを好むことは、この論文では無視できない文化的要素です。冒頭で述べたように、日本のパッケージは​​、基本的な機能に加えて、衛生の象徴としても機能します。しかし、日本における衛生の認識は必ずしも物理的ではなく、心理的でもあります。人類学者の大貫-ティエルニー氏は、日本の衛生概念の説明は医学的な用語ではカバーできないと指摘し、日本における清潔に対する意識がわかる日常の例として、「玄関」を用いています。 

玄関:外と内を分ける場所

日本人は「外」を不潔なもの、「中」を清潔なものと見ます。最も明確な例は、日本の家の玄関でしょう。玄関では、靴は常に脱ぎますね。玄関があることにより、家の中に靴を履いて上がることはほぼないでしょう。「靴を脱げ」という二者択一のアフォーダンスです。傘など、持ち運び中に地面に触れた可能性のある一般的なアイテムも、玄関に保管されていることがよくあります。このスペースのポイントは、地面に触れたものは何でも「汚い」とし、家の中「綺麗なところ」には運び込まない、ということになります。靴を脱ぐというこの習慣は日本の家庭に限定されず、旅館、小学校、伝統的な料亭でも見られるでしょう。これを西洋の住居と比較すると、その違いは明らかです。

僕はアメリカでも幼少期を過ごしましたが、アメリカ人の友人が土足でベッドに入りこむ風景はいつまでも見慣れませんでしたね。ちなみにフィンランドでは日本と同じく、靴を脱いで家の中に入りますが、「玄関」のような建築的な特徴はありません。

このように、日本での衛生の重要性を考え、額田氏はパッケージは「内側と外側」、または「聖なるものと下品なもの」の2つの領域を分離するであると指摘していますが、玄関のような慣習からも衛生・清潔さへの文化的態度を見ることができます。


「包む」の語源を分析する

最後に、「包む(=パッケージ)」という用語を構成する文字を日本語で見てみましょう。下図は「包」の漢字ですね。高岡氏によると、この字の起源は、体内に胎児を宿している母親の表現です。「勹」が人の側面図で、「巳」が胎児ですね。「包装する」という意味は、物に保護の外層を与えるという単純な機能的行為を超越し、母親が体内に胎児を宿すということにルーツがある、神聖な行為として捉えられていたことがわかります。

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「包」の起源 出典:Takaoka et al., 2011

 

今回は日本のパッケージを紐解くヒントとして、文化人類学的視点から見た包装文化を抜粋し、まとめました。こうやってみると包装に限らず、やはり日本文化は奥が深く、何気ない慣習の一つ一つに鬱然たる歴史と意味があることがわかります。奥が深すぎて、何か霊的な、超自然的な力を感じるくらいです。

 

次回は Empirical Research(実証研究)について書きます。

 

参考文献(抜粋)

  • Befu, H. (1968). Gift-giving in a modernizing Japan. Monumenta Nipponica, 23(3/4), 445-456.

  • Benedict, R. (1989). The Chrysanthemum and the Sword : Patterns of Japanese Culture. Tokyo: Charles E. Tuttle Publishing.

  • Itoh, M. (2011). Zoutou no Nihon Bunka [Japanese culture of gift giving]. Japan: Chikuma Publishing.

  • Matsuda, Y. (2008). Wajikara: nihon wo katadoru [Japanese Power: Shaping Japan]. Tokyo: NTT Publishing.

  • Morsbach, H. (1977). The psychological importance of ritualized gift exchange in modern Japan. Annals of the New York Academy of Sciences, 293(1), 98-113.
  • Nukada, I. (1977). Tsutsumi. Japan: Hosei University Press.
  • Ohnuki-Tierney, E., & Emiko, O.T. (1984). Illness and culture in contemporary Japan: An anthropological view. Cambridge University Press.
  • Oka, H. (2008). How to Wrap Five Eggs: Traditional Japanese Packaging. Boulder: Shambhala Publications.
  • Takaoka, K., Hamasaki, K., and Yoda, H. (2011). Furoshiki. Japan: PIE International Inc.