未来洞察におけるWeak Signalsとは
前回は未来についての考察におけるパターンの役割について書きました。前回に続き、Design Driven Foresightシリーズの2回目である今回は、未来洞察に役立つものとして重要なWeak Signalsの事について書き留めておきたいと思います。
Design Driven Foresight シリーズ第1回:
Weak Signals(微弱な信号)とは
簡単にいうと、未来を形成する初期のサインです。新しいモノやコト、事象、それの解釈すらWeak Signalになり得ます。これは未来洞察に重要だと繰り返し教わったコンセプトです。これは正しく見つけるのがとても難しいです。何故ならほとんどのWeak Signalsは間違っている(かもしれない)からです。トリッキーなのは間違っているかどうか、未来になってみないとわからない、という所にもあります。
ちょうどこの頃、縁がありフィンランドの政府系シンクタンクであるSitraという組織に訪問し、Weak Signalの専門家のプレゼンを聞く機会がありました。ベリーナイスタイミングです。SitraでのWeak Signalの解釈はこちらのページにとても詳しく記載されています。
Weak Signalsを集めて未来を想像するワークショップ
さて、Design Driven Foresight の2週目はNokiaのフューチャリスト Eeva Raitio氏が来訪され、Weak Signalsを用いた未来洞察ワークショップを開催してくれました。当日までの宿題としてクラスの全員Weak Signalsを各自集めました。Weak Signalsを見つけるヒントとして:
- 一見、バカバカしいもの(「なんだこれ!!」と笑えるもの)
- 人の価値観や行動で最近変化が見えるもの
- 新しい製品で新しく価値を提供するもの、ニーズに応えるもの、など
なんか心に引っかかった現象、とでもいうのでしょうか。その見極めがとても重要です。
ワークショップでは4人1組みのグループに別れ、それぞれのSignalを印刷したカードを持ち寄りました。まずは机の上に皆のカードをバーっと広げ、どんなものがあるのかをじっくり見ます。この段階が非常に面白かったのですが、自分一人では気づけないものが一気に集まるのがいいですね。グループ型ワークショップでないと体験できない醍醐味です。
エマ・ワトソンのWeak Signal
良いWeak Signalsがたくさんあったのですが、個人的にはこんなのが気になりました:
↑これは女優のエマ・ワトソン氏が30歳を迎える2019年の誕生日近くにインタビューされた時のことなんですが、彼女は「私はSingle(独身)ではなく、Self-Partnered(自分とパートナー)である」と明確に発言をしたことが話題になり、多くのメディアで注目されました。Single = 寂しい独り者というネガティブなスティグマを覆す現象です。これはWeak Signalsという視点で見ると、Individualism(個人主義)の傾向に見られる社会の価値観の変化、ということになるでしょう。伝統的な価値観が衰退し、自己表現や独創性、独立性が重要視されるようになったこの時代においては相応しく、むしろ当然の現象なのかもしれません。
Weak Signalをクラスター化
グループの皆で一通りWeak Signalsを見終わったら、今度はそれらをクラスター化します。この時のポイントは表面的なテーマでクラスター化するのではなく、そのモノ・事象の本質となるドライバーを見極めること。上記のエマ・ワトソンの例ではIndividualism(個人主義)の台頭、ということになります。
起こりうる未来を考え、ケースに当てはめる
テーマ毎にクラスター化が終わったあと、ケースに当てはめます。僕らのグループはヘルシンキのパン屋さん「Kanniston leipomo」をアサインされました。このパン屋さんは地元住民にも愛され、市内に複数の店舗を持つベーカリーです(個人的にもとてもオススメです)。さて、今は人気のこのベーカリーも、時代の変化についていけず、2040年には悲しくも経営危機に陥っている、というのが前提です。そこでWeak Signalsを用いて起こりうる未来を予測し、このパン屋さんのとるべき行動を考えよう、というのが今日のワークショップの最終ゴールです。
起こりうる未来
クラスター化したWeak Signalsでは以下のようなことが起こりうる未来として出ました:
- 個人主義が台頭する中、人々はコミュニティへの帰属をまた求める
- 売買行動はほぼ全てオンラインで行われ、ドローンが物資の運搬のほぼ全てを担う
- 物理的な店舗は売買する場から、人が意識的に集う場へと変遷する
パン屋さんはどうするべきか
で、ヘルシンキのパン屋さん、どうすればいいかと考えるわけですね。僕等のグループが考えたのは:
- パン屋さんはペイストリーを売る場所ではなく、人々を繋げる場へと進化する
- パン作り教室の開催やペイストリーを題材としたミートアップを開催する
- 環境に配慮したパン、及びパン作りを提供する限りなく透明性を確保したブランドとなる
- 単純なペイストリーの売買はオンラインで完結しドローン配達の仕組みを持つ
20年後の起こりうる未来を想像し、それに合わせて「パン屋さん」という今までの伝統的なfunctionが大きく変化したKanniston leipomoを描き出しました。これは「それ良いねー」ではなく、考えれば考えるほど現実味を帯びてくる話であり、実際にこの未来が起こる兆候も現在チラホラ既に見えているのも、ゾクっとするものです。他のグループはmarimekkoやiittalaなどフィンランドの伝統的な企業をケースとして考察してたんですが、それぞれの洞察もとても面白く議論が白熱しました。
個人的に考えてみたWeak Signal
少し前のことですが、こんな記事が目にとまりました。
これは2019年10月にリリースされたのですが、お子さん用のトイレトレーニングとして「楽しく用を足せる」用に開発されたトイレットペーパーです。お尻を拭く時にイラストに"塗り絵"ができる製品です。斬新ですね。今までだったら「あはは!オエっ!」で終わってしまっていたかもしれませんが、この記事を見る少し前にNetflixでビル・ゲイツのドキュメンタリー「天才の頭の中: ビル・ゲイツを解読する」を見ていたんですね。
このドキュメンタリーではビル・ゲイツが今、便から真水を抽出しようと努力していることが紹介されていました。世界中には下水道の不整備で赤痢から苦しむ人が大勢いて、それを解決するために便から水を抽出する機器を開発中、という話です。
Weak Signalsという視点で、便で塗り絵をするトイレットペーパーと、ビル・ゲイツの便から水を抽出する活動を掛け合わせ、気候変動により食料不足が加速する未来が浮かび上がってきました。その未来では食料難への対策から、「食」という今までの考え方が根本的に変化し、便から栄養を摂取することが常識となっているかもしれません。今の我々の社会では便はかなり絶対的に「汚い物」としてみられますが、近い将来、生物学的な循環サイクルに対する見方すら変わっている未来があるかもしれません。
Weak Signalsを意識してモノを見ると、色々な未来に対する考察ができるのだと学びました。
未来に対応できなければ、滅びる
これはワークショップを開催してくれたEeva Raitio氏も言っていたことです。「Nokiaはそうして携帯電話の市場から消えた」。フューチャリストチームとしてNokia社内でもタッチスクリーンのスマートデバイスのことが猛烈に押されていたようですが、最終的には当時の会社トップによるビジネス判断として「現状維持・何も行動しない」方針がとられた、という事を話されていたことが印象に残っています。結果的にアップルのiPhoneが世界を飲み込んだことは言うまでもありません。